2025.12.11

アーカイブ生地と巡る“生地黄金期”ヒストリー

KOWAのアーカイブ生地を紐解く作業は、単なる素材史を辿る旅ではありません。一枚ごとに宿る要素は、時代に挑み変革をもたらした技術と、試行錯誤を重ねてきた人々の想いです。

ストレッチの革新、高密度への探求、オーガニックや強撚(きょうねん)という新たな価値、リサイクルが切り拓く未来。挑戦と革新が織りなす生地づくりの軌跡を、ぜひご覧ください。

一枚の布に時代が宿る。

一枚の布に織り込まれている要素は、単なる糸だけではありません。時代を生きた人々の情熱、社会の空気、未来への果てしない探究心が込められています。

KOWAのアーカイブに眠る数々の生地は、まさに“語り部”。なぜ独特の手触りが生まれたのか、どのような期待が機能を生み出したのか。開発背景を探る行為は、ファッションの進化と社会の変化を読み解く手がかりとなります。

生地黄金期を先導してきたKOWAとともに、過去から未来へと続く布の年代記を辿る旅を始めましょう。

快適さの革命児。「ストレッチ」

従来の「服は窮屈なもの」という常識を覆し、今や日常着のスタンダードとなったストレッチ素材。その歩みは、1950年代から始まりました。

動きやすさが常識に

PET/PTT複合繊維やCSYといった革新的なストレッチ糸の登場により、窮屈な服を我慢する時代は終わりました。CSY自体は既に1950年代に開発されており、ストレッチヤーンが誕生したのは1960年代といわれています。

1990年代までは作業着やデニムなど限られた用途に使用されていましたが、2000年代からカジュアルウェア用途で急速に普及。国内外の大手アパレルでも採用が拡大しました。

※PET/PTT複合繊維:ポリエステル系複合繊維であり、高い伸縮性、伸長回復性、耐久性を持つ高機能素材 

※CSY:「コアスパンヤーン(Core Spun Yarn)」の略。

ストレッチ性のある芯(コア)の周りを、綿などの天然繊維でカバーリング(覆う)して作られた糸

心地よさを設計する、KOWAの挑戦

KOWAもまた、ストレッチ革命の中心にいました。代表的なKN20202441などのストレッチ素材は、単なる伸縮性の付与にとどまらず、どのくらい伸びてどのくらい元に戻るか、いわゆる「キックバック性」まで緻密に設計。生地の設計段階から快適性を追及することで、使う人の期待を超える着心地を実現しています。

さらなる「快適」を求めて

ストレッチ革命は、まだ終わりません。

ストレッチ機能自体が一般化した現在、快適さの本質を問い直し、ユーザーの感性に寄り添い続ける必要があります。KOWAの挑戦は、次なる「快適」を目指してさらに進化し続けるでしょう。

機能美を宿した「高密度素材」

「高密度素材」が高級感のシンボルとして定着した一方、ファッション業界では価値観の変革が始まりつつあった2000年代。

企業に求められた課題は、単なる美しさだけでなく“機能美”の追求でした。

※高密度素材:通常より多くの糸を使い、高密度に織り上げた生地

「良い服」の基準が変わった時代

2000年代、服は見た目の美しさだけでは評価されない時代に入ります。消費者の審美眼はより鋭くなり、アパレルメーカーからも「長く愛用できる耐久性」や「日常生活に寄り添う実用的な機能性」といった、本質を求める声が強まりました。

機能美の追求こそが、KOWAに課せられた新たな使命だったのです。

糸のハーモニーがもたらす革新

KOWAが導き出した答えは、経糸(たていと)と緯糸(よこいと)巧みな組み合わせ。

たとえば、経糸は綿本来のナチュラルな風合いを活かしつつ、緯糸にポリエステルなどの機能的な素材を織り込む手法を採用しました。絶妙な素材の掛け合わせによって、見た目や肌ざわりだけでなく、速乾性・防シワ性・軽量性など、現代に求められる実用的な機能を両立させたのです。

 素材の特性を理解し、適材適所で掛け合わせる。開発姿勢には、KOWA独自の技術力と美意識が息づいています。

品格と機能美が同居する生地

KOWAが高密度素材に取り組んだ時期は、2000年代初め。

今日まで得意としてきた織物の一つです。KN88217KN107Aは、KOWAが追い求めてきた「機能美」の象徴といえます。高密度素材というフィールドで、どのように品格と実用性を共存させるか。挑戦と進化は、今もなお続いています。

当時の時代背景:高付加価値化への渇望

2000年代中盤以降、「ナチュラル志向」と「テクノロジー(機能性)」の融合が新たなトレンドになりました。

当時の課題は、天然素材でありながら速乾性・イージーケアといった機能性を両立させること。2020年代に入っても「サステナブル × 高機能」のテーマは継続しており、化学薬品を使わず物理的加工(撚り)で機能性を付与する「強撚技法」は、環境配慮の観点からも再評価されています。

「オーガニック」という思想

まだ「サステナビリティ」という言葉が一般化する以前から、オーガニックコットンは静かな広がりを見せていました。

やがて2015年、SDGsの採択とともに「持続可能性」は一過性のトレンドから社会全体の思想へと進化します。

流行から社会の“当たり前”へ

化学肥料や農薬を使わずに育てられるオーガニックコットンは、繊維自体が持つやわらかな肌ざわりや、素朴で温かな風合いが魅力です。

ナチュラル思考の流行が後押しし、「オーガニック」という言葉は多くの人の心を捉えてきました。 2015年、SDGs(持続可能な開発目標)の採択を契機に、サステナビリティは単なる流行語から、社会全体の揺るぎない価値観へと昇華します。

「オーガニック=素朴」の概念を打ち壊す

かつてオーガニック素材といえば、どこか素朴でナチュラル、言い換えれば、ファッションとしての洗練や先進性とは一線を画す、自然体で控えめなイメージでした。

しかしKOWAは、固定観念にあえて異を唱えます。 これまで培ってきた強撚や高密度といった技術力とオーガニックコットンを融合させ、ファッション性と環境配慮の両立を実現しようと考えたのです。

環境と感性の両立

KOWAがたどり着いた結論、それは「オーガニック強撚素材」に象徴される“環境対応×高感度デザイン”という新しい価値です。

興和の企業理念「健康と環境を守る」と、The cotton makers studioが掲げる「持続可能なものづくり」への思いを、デザインの力で実現しました。

OG2910は、「地球へのやさしさと、人の心に響く美しさ」を両立するKOWAからの力強いメッセージなのです。

【開発担当者の声:「オーガニック強撚素材」という発明】

オーガニックコットンの持つ素朴でやさしい風合いは、素材自体が持つ魅力です。しかし、私たちは素材の良さを大切にしながら、強撚の技術で新しい個性、シャリ感を与えられないかと考えました。

オーガニックの可能性を、KOWAの技術で広げていきたい。「オーガニックを広げたい」という信念がオーガニック強撚素材を成功に導いたのです。

綿を超えろ。風合いを追い求めた「強撚」

2000年代、ファッション業界はまだ見ぬ風合いを追い求め、綿素材にドライなタッチやシャリ感といった未知の個性が求められるようになりました。

時代が求めた、新しい肌触り

2000年代初頭、ファッションの世界では、新たな質感を持つ素材への強い期待が高まっていました。天然素材ならではの安心感やあたたかみは保ちつつも、一方で従来の綿にはなかった、ドライなタッチやシャリ感、美しいドレープ性。綿でありながら綿とは思えない、一見矛盾するような質感が求められるようになったのです。 

時代の感性が生み出した高次元の要求に応えるべく、繊維技術は新たなフェーズへ。KOWAは、開発競争の最前線で、未知の肌触りを実現するための技術革新に踏み出しました。

「撚る(よ・る)」という美学

KOWAが見出した解決策が、糸に通常よりも強い“撚り”をかける「強撚(きょうねん ※)」技術です。

単に糸を強く撚るだけでなく、オーガニックコットンと組み合わせる工夫により、環境配慮と高感度なデザイン性を両立させるなど、KOWAならではの哲学を注ぎ込みました。

さらに2017年以降は、従来シャツ地が中心だった強撚技術を、中肉アウター素材へと拡大。他にはない質感と機能を求め、挑戦を続けています。

※強撚:糸を強くねじることで、シャリ感やドライな風合いを生み出す技法

技術者の探求心が生んだ、今に続く傑作たち 

OGTV3331OGV4202MK3301などに代表されるKOWAの強撚素材。

強撚生地は、単なるトレンドへの応答ではなく、「風合い」という感性の領域へ深く踏み込んだ、技術者たちの探求心の結晶です。

【当時の開発思想:「風合い」という、最も難しいテーマ】

「風合い」は、繊維技術者にとって最も難しいテーマの一つです。ドライタッチやシャリ感といった質感は、数値で表しきれず、最終的には人の手や感覚に頼らざるを得ません。しかも、時代やトレンドによって「心地よい」とされる風合い自体も変化します。

こうした中で、技術者は糸の撚りや原料選び、仕上げの工夫など、あらゆる工程を細かく調整し、理想の風合いを生み出すために試行錯誤を重ねてきました。地道な積み重ねこそが、日本の繊維産業ならではの「技術と感性の融合」を支えているのです。

【KOWAの戦略:技術のストーリー化と差別化】

KOWAは「撚る」技術を「美学」としてストーリー化し、ブランド価値を高めました。さらに「オーガニックコットン(GOTS認証糸など)」と強撚を組み合わせ、強力な「サステナビリティ」要素を確立しています。

他社が薄地で展開する中、あえて技術的に難しい「厚地」の強撚素材(ボトムス用など)を開発。「OGTV3331」「MK3301」は、KOWA独自の地位を築き上げました。

「リサイクル」が拓く新しい時代

大量生産・大量消費の時代を経て、ファッション業界にも循環型のものづくりが求められるようになった今。リサイクル素材の活用は、単なる選択肢ではなく、次世代への責任となっています。

ファッションの新たな責任

かつてファッション業界は、めまぐるしく移り変わるトレンドに応え、大量生産・大量消費のサイクルを加速させてきました。大量生産の仕組みは豊かな選択肢と活気あるマーケットを生み出し、現代のファッション文化を築いてきた原動力でもあります。

一方で、大量の廃棄や資源の浪費、環境への負荷が深刻化し、いよいよ産業全体の問題として突きつけられるようになりました。 今、ファッション業界は岐路に立たされています。

“美しさ”や“創造性”だけでなく、“未来への責任”を問われるファッションへ。ファッションの価値観自体が、大きくシフトし始めているのです。

KOWAが描く、循環の物語

KOWAは、様々なリサイクル原料を用い、サステナビリティと高いファッション性を両立させる道を模索しています。

ペットボトルから再生されたポリエステル、裁断くずを再利用したコットン、生分解性の高い和紙素材。挑戦は留まる場面を知りません。 未来の世代にも、豊かな環境を手渡したい。

強い想いが、いまKOWAの新たな生地づくりを大きく前進させています。

未来のスタンダードへ

再生ポリエステルや再生ナイロン、再生綿など、サステナブル素材の可能性を探る試みは、早い段階から幾度となくテストと改良を重ねてきました。

OGNY2028OGNY29910は、研究成果を象徴する生地の一つです。しかし、今回の発表はまだ物語の序章にすぎません。 リサイクルは、“我慢して選ぶ素材”ではないのです。

KOWAはリサイクルを、ただの代替手段としてではなく、新しい価値を生み出す“再構築のデザイン”として捉えています。

限りある資源を未来へと受け継ぐために、サステナビリティとファッション性の両立を追い求める。次世代にふさわしい新しい美しさと責任を、一本ずつ布に織り込んでいきます。

旅の終わりに。そして未来へと

駆け足で巡ってきたKOWAの“生地黄金期”への旅路は、ここで一旦の終わりを迎えます。しかし、今回の振り返りは決して懐古的な物語ではありません。

各時代の挑戦は、断絶することなく、次の時代の革新へと確かに受け継がれています。The cotton makers studioの根幹にあるコットンへの想いは、私たちの生活に寄り添い続ける尽きることのない愛情と敬意です。

「健康と環境を守る」理念のもと、コットンの可能性を信じ、未来へと紡いでいく。興和の旅は、これからも続きます。